「第37回 尼崎市医師会“学術デー”」(第643号令和5年7月1日)

第37回 尼崎市医師会“学術デー” 6・17

 
テーマ:「電子機器が健康に与える影響」

生涯教育担当理事 鷲田 和夫
令和5年6月17日土曜日に「第37回尼崎市医師会“学術デー”」を開催させていただきました。同年5月8日にCOVID-19が5類へ移行し、市民の皆様があらゆる場面で日常を取り戻すための着実な一歩を踏み出す明るい兆しのある中での開催でした。Web参加67名、ハーティホール現地参加13名、合わせて80名の先生方にご参加いただきました。日常診療にご多忙の中、ご参加いただき誠にありがとうございました。
今回は「電子機器が健康に与える影響」をテーマとさせていただきました。近年、スマートフォンなどの電子機器の発展が著しく、日常生活に不可欠なものとなっています。しかしながら電子機器の重要性が日々増す一方で、その健康への影響に対する懸念も増しております。今回は、電子機器が健康に与える影響について各分野で全国的に著名な3名の先生をお招きし、ご講演いただきました。3講演はそれぞれ大変興味深く、先生方の日々の診療に役立ち、患者さんのQOLおよび予後改善に繋がるものと思われました。
各講演内容は、当日の座長を務めました鷲田 和夫(樋口先生担当)、津田 健吉先生(平栗先生担当)、満田 久年先生(不二門先生担当)がこの後、報告致します。
来年の学術デーはより充実したものにするために全力を尽くしたいと考えております。このような企画をして欲しいというご要望がありましたら、生涯教育委員会・医師会館まで是非お知らせ下さい。
最後になりましたが、学術デー開催に際して貴重なアドバイスを下さった日下 泰徳先生、久野 里佳先生、中川 勝先生、夏秋 恵先生、山本 房子先生、また準備に尽力して下さった事務局の皆様、本当にありがとうございました。
心からお礼申し上げます。

 

「若者のネット・ゲーム依存について」
独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター 名誉院長 樋口 進先生
座長:理事 鷲田 和夫
今回のご講演は急速に増加している若者のインターネット・ゲーム依存について樋口 進先生に行っていただきました。樋口先生は内閣官房ギャンブル等依存症対策推進関係者会議会長や国際嗜癖医学会(ISAM)会長などを歴任された行動嗜癖の予防・治療・研究の第一人者で、深い経験と知識に裏打ちされた知見を披露して下さいました。以下、樋口先生のご講演の概要を記載致します。
日本だけでなく、世界的にもネット使用時間が増えていて、関連する問題の悪化が報告されている。一方で、ネット依存の専門的治療を行っている医療機関が限られており、専門的対応を受けることができない患者が多い。ネット・ゲーム依存の世界的増加を受け、WHOは国際疾病分類第11版(ICD-11)にゲーム依存(正しくはゲーム行動症)を新たに収載した。これによりネット・ゲーム依存に対する意識が全世界的に広がることになった。
ネット・ゲーム依存の90%以上は主にネットに接続されるオンラインゲームに依存している。日本においてはネット依存が疑われる若者は100万人近くいると推定されており、将来を担う若者の精神的・身体的健康にとって由々しき状況である。
症状としては、ゲーム時間が長いことに加えて、遅刻・欠席、成績低下、昼夜逆転、ひきこもりなどの問題が高率に認められる。身体的影響として、体力低下、近視、やせ、骨密度低下などが一定の割合でみられ、合併精神障害としては神経発達症やうつ病などが比較的高率にみられる。
ネット・ゲーム依存やギャンブル依存を含めて行動嗜癖に対する認可された治療薬は世界中でまだ存在しないが、認知行動療法や家族療法などの心理社会的治療やキャンプ活動、電子機器を用いて行うeスポーツの有効性が報告されている。また、ネット・ゲーム依存の若者には注意欠如・多動症(ADHD)が認められるケースが比較的多く(約60%)、その場合はADHDへの治療薬(アトモキセチン、メチルフェニデート)が有効であることも報告されている。保護者によるニグレクトが背景にある場合も多く、両親に対する指導も重要である。
最後に、ネット・ゲーム依存の対策はまだ緒についたばかりではあるが、わが国の現状を見据えて、5つの対策(1.学校・地域における予防教育の推進、2.相談体制の拡充と見える化、3.医療体制の充実、4.以上を可能にする人材育成、5.ゲームのアクセス制限等のゲーム提供側に対する対策)が必要であると考えられる。
以上がご講演の概略となります。日本の将来を担う若者にとって近年大きな問題となっているネット・ゲーム依存について最新の知見を教えていただき、日々診療に従事されている先生方のネット・ゲーム依存に対する認識が広がり、患者さんの予後改善のきっかけになれば素晴らしいと思われました。
大変興味深いご講演をしていただき、樋口先生にはあらためてお礼申し上げます。

 

「IT機器の長期使用による脳機能低下」
一般社団法人 日本介護協会 理事長 平栗 潤一 先生
座長:つだ内科・脳神経内科 津田 健吉
平栗 潤一先生は介護従事者の人材育成から介護関連施設の運営、さらには日本介護協会の理事長に就任されるなど、介護業界の発展に欠かせない方です。
平栗先生が運営されている介護施設や全国の介護施設において、IT機器による影響が入居されている利用者にも深く及んでいます。その事の起こりは、ここでもやはりコロナ禍の影響が大きく関与していました。コロナ感染拡大により、介護施設では、なくてはならない人との交流が遮断され、自室にこもることを余儀なくされました。対面で行う家族や近しい人との面談が、スマートフォンのテレビ機能を利用した面談にとって代わり、介護施設でもメリットとなった反面、その中で持て余す時間をスマートフォンやタブレットで映像や動画を見たり、ネットを見たりいわゆる依存をしてしまうようになりました。
スマートフォンの長時間使用と脳との関連についての研究は、その使用が増えることで、前頭前野などの行動の制御に関わる神経基盤が構造的・機能的に変化していくことが明らかになりつつあります。これは介護施設の利用者においても例外ではないことが推察されました。利用者が自室に引きこもり、IT機器を長時間使用することは、それ自体の脳に対する影響と、引きこもることによる刺激の減少が脳機能低下に関与していました。
平栗先生の施設では、その解決策として、厳重な感染対策が解除された後に、①人との交流を再開させるために、利用者が興味をもつようなレクリエーションを作る、②他世代、特に子供と交流する機会を作ることなどを実践し、IT機器を使用する時間(余っている時間)を作らないようにすることでした。
具体的には、①については、屋外で美味しそうな匂いのする食事を作ったり、利用者が以前に自身で素麺だしから作っていたことを参考に、実際に素麺だしを作ってもらい、流しそうめんをする。また、利用者自身がうどん打ち体験をするなど興味を誘うようなレクリエーションを行っていました。
②については、利用者が子供と交流するとき、例えば食事を食べない利用者に子供が食べるように促すと、食事を食べるようになるなど好影響を与えることが分かりました。
平栗先生は、介護施設においてIT機器の長時間使用による脳機能低下を防ぐには、その使用をする時間を作らせないように、利用者の興味を引くレクリエーションを行うことであると述べられました。質疑応答では、このレクリエーション活動は、認知症やその周辺症状(BPSD)の非薬物療法で行われるレクリエーション療法と同じであり、平栗先生は利用者の認知機能に、良い影響を与えていると述べられました。コロナ禍は介護施設において非常に大きな影響を与えましたが、その一つにIT機器の急速な利用の拡大がありました。IT機器の長時間使用は、引きこもりを作り、脳機能に悪影響を及ぼしました。レクリエーション療法は、IT機器による悪影響を改善させる良い方法でしたが、これはコロナ禍からの脱却を意味するものであると感じられました。

「電子機器と眼科」
大阪大学大学院生命機能研究科 特任教授 不二門 尚先生
座長:眼科医会会長 満田 久年
報告:生涯教育委員 久野 里佳
不二門先生はもともと東京大学で物理を修められ、大阪大学医学部を卒業された後、デジタルデバイスに興味を持たれ眼科を専攻されました。ご専門は小児の斜視弱視、神経眼科。今回の学術デーのテーマにはどんぴしゃりの先生です。
我々眼科医にはとても勉強になるご講演でした。現代人にとってデジタルデバイスはなくてはならないものとなっており、他科の先生におかれましてもご自身、ご家族、患者様にあてはまり大変ご興味のあるテーマだったのではないでしょうか。
デジタルデバイス使用の増加による近視の増加・近視化のメカニズムと近視予防・外斜視と内斜視の悪化・3Dの眼精疲労・IT眼症・についてお話しいただきました。
近視は眼軸長が長くなり起こる病態ですが、近視人口はこの50年で増加してきています。これは屋外活動の減少、近見作業時間の増加が影響しているといわれています。
スマホ、タブレットを使用した小児の方が、TV、プロジェクターを使用した小児よりも近視化しやすかったとのことです。近見作業が近視を進行させるということを示唆しています。
スマホを見る距離は約20センチ、紙媒体で読書をする距離は33センチです。近見時には調節と輻輳を行いますが、スマホは読書よりも1.7倍の調節、輻輳の努力が必要とのことです。
20センチの距離で見る時と、30センチ、50センチの距離で見る時の視線の解析を動画で見せていただきました。30センチ、50センチの時は余裕で両眼視ができていましたが、スマホを見る距離の20センチの時はギリギリで両眼視している事がわかりました。
近視化のメカニズムには遺伝と環境が関与しています。アジア人、両親のうちの1人が近視、30センチ未満の距離の読書、30分以上持続しての読書、が近視のリスクファクターといわれています。我々は日本人である以上近視のリスクファクターから逃れられません。
近視の-3Dまでは軽度近視、-6Dまでは中等度近視、それ以上は強度近視です。強度近視になりますと、血管新生黄斑症等失明原因になる疾患のリスクが高まりますので、軽度近視にとどめておきたいところです。屋外活動1日1時間が13パーセント近視を減少させるという報告があります。また、近視の進行を予防するためには、オルソケラトロジー、多焦点コンタクトレンズ、低濃度アトロピン点眼等の試みがあります。
日本人の1.7パーセントが外斜視でその60パーセントが輻輳不全です。スマホを使用すると20センチの距離で見ることになりますので、両眼視がうまくできず外斜視が悪化します。スマホの距離を30センチ以上に保つことが大切です。
長時間スマホを使うことにより内斜視になるスマホ内斜視が増えてきています。1日4時間以上4か月以上スマホを使用し、内斜視を発症した7歳から16歳の患者に1か月スマホを控えてもらうと斜視角が減少したという報告があります。これはスマホの使用が内斜視に影響を与えていることを示唆しています。
3D映像を見ると輻輳と調節の乖離が生じ眼精疲労が起こり、10人中1人に頭痛等の症状が出ます。最近はダビンチ手術の保険適応が拡大し、眼科領域ではヘッドアップサージェリーが導入されてきています。輻輳不全の方は眼精疲労の症状が出るかもしれません。
IT眼症というのは、デジタルデバイスを長時間、不適切に使用することにより、頭痛、首・肩のこり、ドライアイ、嘔気・めまいなどの自律神経系の症状が出る疾患です。瞬目が減少しドライアイになると眼表面の涙液層が不均一になり視力が低下します。近くを見ることで毛様体筋の緊張、ストレスが起こり、眼精疲労がおこります。不適切な眼鏡を使用すると、不等像などで中枢神経系の疲労がおこります。
ドライアイには点眼をして、デジタルデバイスを見る時は距離を保ち、適切な眼鏡をかけて眼精疲労ができるだけ起こらないように心がけたいものです。
不二門先生、座長の満田先生ありがとうございました。