映画を診る157 (第617号令和3年5月1日)

映画を診る157  『痛くない死に方』

 

潮江地区  上野  透

 
早くから在宅医療を実践してきた尼崎市医師会員、長尾クリニック・長尾和宏先生の著書「痛くない死に方」が映画化された。主演は「心の傷を癒すということ」でも医師を演じた柄本佑さん。
主人公は大病院の方針に疑問を感じ、在宅医療を始めた医師。頻繁に患者さんから夜中に電話で呼び出され、往診する生活で、心の平安を求める妻には離婚を突き付けられる。その最初の患者は、末期の肺癌だった。呼吸苦と痛みのため、看取る家族も付きっ切りで、疲労がたまる一方だ。亡くなったとき、家族に「先生にお願いするのではなかった」とまで言われて、落ち込んでしまう。行き詰まっていたところを相談した先輩の在宅医から、「大病院では、延命治療が至上命令」だったのだ、と教えられる。そして在宅医療の実践として、大勢の家族の中で看取りを経験する。お祖母ちゃんは亡くなって悲しいけど、なぜか幸せそうな家族の姿を見て、より患者さんに寄り添った在宅医療をめざすようになる。そして見えてきたことは「痛くない死に方」を優先させる治療だった。「痛くない」といっても、ただ痛みをとることではない。先の肺がん患者さんのケースは、モルヒネなどの鎮痛剤を効かせるよりも、COPD の呼吸苦を緩和させることを優先させるべきだったと、先輩に指摘される。
次に担当した患者さんは、自由奔放に生きてきた男だった。末期の肝臓がんで治療していたが、監獄のような自由の無い病院を出て、自宅で死にたいと言っていた。そこで「尊厳死」や「リビングウィル」の説明をする在宅医。点滴はしない、腹水がたまっても抜かない。痛みには緩和ケアをしながらも、自宅で自然な死を迎えるようにする治療方針だ。治療を進めるうちに在宅医との心の交流が生まれる。彼は川柳を詠んで、病気を笑い飛ばしながら闘病していく。そんな男にも最後の時が訪れる。いつしか在宅医は患者さんの「人生」に寄り添っていた。
このガン患者さんの役が宇崎竜童さんで、「罪の声」に続いての名演技を見せる。奥さん役の大谷直子さんも、介護する家族の大変さと切なさ、そして夫婦愛を見せる。
「この映画は私の“死に方の提案”、この作品が遺作だと思って頑張った。」という高橋伴明監督の名演出で、笑って泣ける。見終わるときには、「尊厳死」「リビングウィル」という、「死」との向き合い方が、誰にでもわかるようになる映画である。

先輩の在宅医のモデルでもある長尾和宏先生の日常を追ったドキュメンタリー映画「けったいな町医者」も、併せて見て下さい。

 
2021年日本映画 上映時間112分

 
監督・脚本    高橋伴明
原作・医療監修  長尾和宏
出演
柄本佑(在宅医・河田仁) 奥田瑛二(先輩の在宅医・長野浩平)
宇崎竜童(末期の肝ガン患者・本田彰) 大谷直子(その妻しぐれ)
余貴美子(ケア・マネージャー) 坂井真紀(末期の肺ガン患者の娘)