災害時の在宅医療における課題と提言-平成30年台風第21号での経験から-(第586号平成30年10月1日)

災害時の在宅医療における課題と提言
-平成30年台風第21号での経験から-
阪神在宅医療研究会  原  秀憲、林   功、岡村 新一、近藤 貴志、長谷川吉昭、山本 房子、横田 芳郎
1.はじめに
今年は、阪神間においては大阪北部地震、平成30年7月豪雨、平成30年台風第21号(以下台風第21号)、そして、全国的には北海道胆振東部地震という甚大な自然災害に見舞われた。また、過去において、我々は平成7年に阪神淡路大震災を経験し、さらには平成21年の東日本大震災の惨状も目の当たりにしてきた。このような災害の度に、自然を前にして人間がいかに無力な存在かということを思い知らされる。そこで、台風第21号における経験を基に、災害時の在宅医療に関する現状の課題を検討し、今後の方策について提言を行いたい。

2.台風第21号による被災状況
台風第21号は、中心気圧950hPa、最大風速45m/s という非常に強い勢力を保ったまま平成30年9月4日14時頃神戸市付近に到達した。1) 阪神地区では暴風と高潮を中心とした広範な災害が生じた。この高潮に関して、大阪市における潮位変化(図1)に示すように高潮警報基準を突破した潮位は僅か約10分程度で第二室戸台風の際に記録された過去最高潮位を突破した。1) この記録的高潮による被害は関西国際空港や大阪市内のみならず兵庫県阪神地区においても大きな被害をもたらした。
尼崎市において特筆すべき被害は広範囲かつ長期にわたる停電だった。その上、関西電力の停電監視システムに不具合が生じたため、電源の完全復旧までに約1週間を要することとなった。各家庭の電源はもとより、マンションでは停電により給水ポンプが止まって断水が生じ、エレベーターも使用不能となった。さらには電話、インターネットなどの通信機器や信号までも使用不能となり、尼崎市民は長期にわたり不安で不自由な生活を余儀なくされた。
この停電被害は在宅療養に関しても深刻な影響を及ぼした。人工呼吸器、酸素濃縮器や輸液ポンプといった医療機器を使用している在宅療養患者の安全確保はもとより、停電により空調が使えない中で、移動困難な高齢者が熱中症に陥らないようにすることが急務だった。しかし、幸いにして、人工呼吸器などの医療機器を使用している患者については兵庫県立尼崎総合医療センターを中心とした連携医療機関が避難場所として引き受けて下さった。また、台風通過後、避難所が撤収された後においても、電源が復旧しないために空調が使えず、移動困難な高齢者が熱中症の危険に曝されていることを尼崎市役所に相談したところ、迅速に避難所を再開して下さり、大事には至らなかった。在宅療養に携わる者として、地域を支えている多職種連携チームの全ての方々にこの場を借りて感謝を申し上げる。

3.今回の災害で見えた課題
○在宅療養は医療機器に支えられている
人工呼吸器、酸素濃縮器、輸液ポンプをはじめ、在宅療養を支える医療機器は枚挙に暇がない。そして、これら医療機器が在宅療養患者の生死を握っている。停電への対応策について、厚生労働省「被災地に展開可能ながん在宅緩和医療システムの構築に関する研究」班がまとめた「大規模災害に対する備え」(図2)に具体策が提言されている。災害時の外部電源確保の方法として、①医療機器メーカー純正・推奨のバッテリー②医療用の大容量電池③自家発電機④自家用車のシガーライターソケットからの電源確保⑤車載バッテリーからの電源確保といった方法が挙げられている2)。①及び②については医療機器メーカーも推奨しており、安全性が高いと考えられる。①は、以前はその費用を患者が全額自己負担しなければならなかったが、東日本大震災とその後に続く計画停電での教訓から平成24年度診療報酬改定において保険適用が認められたことは評価に値する。が、その費用は人工呼吸器加算に包括されることになった3)。つまり、医療機関側に一方的に費用負担を求めた形となっている。②は比較的長時間の使用にも耐え得るが、一基約100万円程度と高価であり、患者の経済的負担が大きい。③〜⑤に関しては東日本大震災においても実際に使用されているが、発電した直流電流がインバーターで交流に変換されると、正弦波ではなく矩形波となるため医療機器の動作が保証できないといった点や発電機の燃料など引火性危険物の保管に関して課題がある。

○災害弱者は情報弱者でもある
今回の停電によって固定電話を中心とした通信インフラが深刻な影響を受けた。一方、携帯電話は比較的使えた印象があるが、音声通話の回線使用量が一気に増大すると発信制限が掛かり、つながらなくなってしまっていただろう。仮にその様な事態でもメールやSNSといったパケット通信が比較的使えることは昨今の各地の自然災害においてもよく経験されている。
今回の災害でも、尼崎市ホームページから災害に関する精力的な情報発信が行われていた。しかし、実際に我々が訪問した後期高齢者世帯での通信手段は、固定電話と従来型の携帯電話であり、その上歩行困難なため外出できず周りの人からも情報が得られないという状況だった。災害弱者とされている要援護者がどれほど通信手段を使いこなし、必要な情報にアクセスできたのかと考えると疑問が残る。
これに加え、全国的に言えることだが高齢者単身世帯が急増している。尼崎市には平成27年で約3万人の単身高齢者がいる4)。さらに、高齢者の15%が認知症に罹患している5)と言われており、単純にこの有病率を単身高齢者に掛け合わせるのはやや乱暴かもしれないが、相当数の単身認知症高齢者が存在すると推定される。このことから考えても、今後、災害情報の伝達はますます困難を極めると予想される。災害弱者は情報弱者でもあるという観点から災害時の情報伝達の在り方について早急に検討すべきではないだろうか。

○避難所の状況
今回の災害で、停電による健康被害からの緊急避難として尼崎市役所が公共施設を提供して頂いたことについては勿論感謝している。しかしながら、あえて苦言を申し上げるとすれば、避難所の設備や物資についてである。実際伺った避難所には会議用の長机とパイプ椅子、床に直に敷かれたマットレスしかなかった。急な避難所再開で仕方なかったとはいえ、貧弱という感は否めない。尼崎市ホームページでは避難所には物資の準備が無いので、自ら用意して避難所に赴くよう呼びかけてはいたが、災害時、移動困難な高齢者に飲料や食料、寝具までの準備を求めるのは負担が大きいのではないだろうか。

4.提言
これまで今回の災害に際して在宅療養の観点から感じた課題について述べてきたが、これら課題に関する方策として以下の提言を申し上げたい。

○災害が予想される段階での避難入院
人工呼吸器等の医療機器を使用している在宅療養患者にとって停電は生命の危機に直結する。一方で、病院は停電しても自家発電装置を有しているところが多く、また、最優先に電源復旧が図られる場所でもある。地震のような予測不可能な災害はともかく、台風の場合には、例えば「避難準備情報」のような災害が予想され得る時点での避難入院に保険適用を認めて頂きたい。そうすれば、在宅療養患者の安全確保だけでなく、災害で発生した患者からの救急要請と重なることもなくなり、災害時救急体制の負担軽減にもつながる。
また、このような災害時には、許可病床数を超えて患者を入院させざるを得ない事態も容易に想定できる。過去に厚生労働省は平成23年東日本大震災や平成28年熊本地震の際に、許可病床数を超えて患者を入院させた場合でも診療報酬を減額しない運用6)7)を行っている。さらに東日本大震災の際には会議室や講堂といった病室以外での入院引き受けも認めていた。8) これらのような運用を災害が予想される段階にも認めて頂ければ、在宅療養患者のより円滑な安全確保を図り得ると考えられる。

○外部電源装置の公費負担
台風とは異なり、地震等の予測できない災害に関しては患者個々のレベルでの電源確保が重要である。政府は国民に対して発災直後からの72時間を「自分で自分の身を守る」9)よう求めている。しかし、医療機器メーカーの推奨バッテリーで72時間を耐え得るには複数個備えていなければならず、これを現状の診療報酬の通り医療機関のみで負担することは不可能である。従って、外部電源装置の費用に関する公費負担が望まれる。

○地縁関係者が参加する災害に強い地域包括ケアシステム
今回の経験で分かったことは、インターネットで発信された災害情報が高齢者世帯には届いていなかった。これを解決する最も有効な手段は、「会って声を掛ける」ということである。この関係構築には普段から「顔の見える関係」を作ることが必要だが、それは地域包括ケアシステムの目指すところであり、兵庫県災害時要援護者支援指針(以下「要援護者支援指針」)にも「地域包括ケアシステム等と災害時要援護者対策は不可分の関係にある」10)と記されている。しかし、現状ではこの地域包括ケアシステムに携わる関係者は市外の居住者も多く、発災時が夜間や休日であれば駆けつけられないことも想定される。尼崎市では災害時要援護者支援連絡会が設置されているが、これと地域包括ケアシステムを連動させ、民生委員、社会福祉協議会、町内会といった地縁関係者を巻き込み、地域での防災意識を平時から醸成することによって、災害時の共助体制を構築すべきである。

○災害時に要援護者情報を地域へ円滑に提供する
先にも述べた通り、単身高齢者への介入も喫緊の課題である。しかし、単身高齢者は地域における関係性が希薄なこともあり、共助を中心とした地域包括ケアシステムの活用だけでは不十分である。ところで、災害対策基本法(以下「法」)では市町村長に避難行動要支援者名簿の作成を義務付けている(法第49条の10)。そこで、平時からこの名簿に関する情報を民生委員等と共有することが望ましいが、一方でこの名簿は個人情報であり、その個人が情報共有を拒否することも考えられる。さらには、犯罪に利用される危険性も孕む。しかし、少なくとも災害時においては、市町村長の判断で人命救助に必要な情報を地域に提供すべきであり、この場合は本人の同意がなくとも情報提供が認められている(法第49条の11第3項)。この情報提供を円滑に進めるために本項に関する県内市町村での具体例は要援護者支援指針に詳述されており、尼崎市においても早急に検討して頂きたい。

○福祉避難所の速やかな運用
地震のような突発的な災害はもとより、今回の台風第21号に関しても接近してから被害が急激に増大した。その様な状況下で、当初は公共施設の提供で済むと考えていたものが、結果的に食料等の物資が必要となり、しかし、その時点では道路などの交通インフラが寸断され、物資を供給できないという事態もあるのではないか。その上、避難所の運営スタッフは必ずしも高齢者の介護に慣れてはいない。内閣府は「災害時において、高齢者、障害者、乳幼児その他の特に配慮を要する者」のための避難所として、災害対策基本法施行令に基づき福祉避難所11)の整備を各市町村に求めている。尼崎市でも、主として介護福祉施設等を福祉避難所として指定している。従って、今後、災害が予想される段階での福祉避難所開設を求めたい。

5.終わりに
共著者の林功が、東日本大震災の震災後医療支援に携わった際に仙台市の避難所で被災者から聞き取りした話によると、発災当初から仙台市当局の混乱が顕著で、物資の配給などに混乱が生じていたとのことだった。要援護者支援指針の基になった「在宅人工呼吸器装着患者災害時支援指針(平成18年3月兵庫県作成)」では、「空振りで終わっても実施した対応の検証を行い、次の災害への備えにつなげることが重要である」と記されている。今回のように、予想されていた台風でさえ、近年経験したことが無い暴風と驚異的な高潮をもたらした。地球温暖化に伴い、台風災害はその質、量ともに今後さらに激化するだろう。さらに、今後30年間において南海トラフ地震が発生する確率は80%と言われている。故に、平時から十分過ぎるくらいの対策を講じ、有事にこれを迅速に実行して、事後に検証するというPDCAサイクルを続けることこそが最大の災害対策であると痛感した。

参考文献
1)気象庁大阪管区気象台:平成30年9月6日気象速報「平成30年9月3日から5日にかけての台風第21号による暴風と大雨、高潮、高波について」.
2)厚生労働省「被災地に展開可能ながん在宅緩和医療システムの構築に関する研究」班「がん緩和・在宅医療における東日本大震災の経験を生かした東南海地震への備え」に関する研究ワーキングチーム:大規模災害に対する備え.2014.
3)厚生労働省保険局医療課:平成30年3月5日保医発0305第1号「診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について」
4)総務省:平成27年度国勢調査
5)朝田隆ら:厚生労働科学研究費補助金(認知症対策総合研究事業)「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応」.2013
6)厚生労働省保険局医療課:平成23年3月15日付け事務連絡「平成23年東北地方太平洋沖地震及び長野県北部の地震の被災に伴う保険診療関係等の取扱いについて」
7)厚生労働省保険局医療課:平成28年4月18日付け事務連絡「平成28年熊本地震の被災に伴う保険診療関係等及び診療報酬の取扱いについて」.
8)厚生労働省保険局医療課:平成23年4月1日付け事務連絡「東北地方太平洋沖地震及び長野県北部の地震に関連する診療報酬の取扱いについて」.
9)内閣府:「みんなで作る地区防災計画」 http://www.bousai.go.jp/kyoiku/chikubousai/pdf/160818.pdf
10)兵庫県:「兵庫県災害時要援護者支援指針」.2017.
11)内閣府:「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」.2016.