百日咳及び風しんに係る届出基準等の改正について(第580号 平成30年4月1日)

百日咳及び風しんに係る届出基準等の改正について
中川診療所 中川  勝

右記表題の配布物が尼崎市保健所長名で医師会から配布されたことと思います。これは平成30年1月1日付けの法律の改正によるものです。

1.風しんの届出では元々全数報告ですが、届出期限は従来の7日以内が「直ちに」(48時間以内)に変更されます。ウイルス遺伝子検査も原則として必要になります。遺伝子検査は全身性の小赤斑、発熱、リンパ節腫脹のある患者が来院すれば、保健所に連絡すれば咽頭ぬぐい液、血液、尿の3検体を保健所が診療所に取りに来て、無料で測定してくれます。また発病初期をすぎて治癒過程の風しんに遭遇した場合は血中IgM抗体の検出か、IgG抗体のペア血清(2週間程度の期間を空けて)で4倍以上の抗体価の上昇で診断する方法もありますが、これは通常の保険請求と言うことになります。しかしやはり病初期には遺伝子検査が重要です。
但しここに問題があります。風しん患者を診療所で待機させる問題や保健所職員が来たとき再度受診させることが出来ない場合、休日夜間急病診療所で患者を発見した場合はどうするのでしょうか。尼崎市保健所は夜間受付電話から関係者に転送すると言っていますが、来ることが出来ない場合も想定されます。この場合血液、尿はともかくとして、咽頭ぬぐい液の遺伝子検査はどうやって採取し提出するのでしょう。実際にはインフルエンザ用のスワブか咽頭扁桃の溶連菌採取用の綿棒を生食に浸しこれで鼻咽頭の液を採取し、検尿用の密閉できるスピッツに入るように柄の部分をカットしふたをして保存すれば検査できます。検体を乾燥させない様にすることが肝心です。しかしインフルエンザや溶連菌用の検査キットがない場合はどうするのでしょうか。この時は大きな声では言えませんが耳掃除用の綿棒でも良いと思います。どうせ遺伝子抽出時の操作で細菌は死んでしまいます。必要なものは風疹ウイルスのRNAですから。また血液や尿でウイルスRNAを検出できれば問題ないとも言えます。なおこの場合は、血液や尿のスピッツ、綿棒・ブラシは診療所持ちになります。
保健所への時間外の連絡先ですが平日17時半から19時までと土日祝日の9時から17時までは市役所コールセンター06-6375-5639、平日19時からと土日祝の17時からは市役所夜間専門電話番号06-6489-6900まで電話しオペレーターに「感染症のことで担当者につないで欲しいむね」と「診療所名と電話番号」を伝えると感染症対策担当職員から連絡があるそうです。
追記として、今年になって風しんを疑う患者を診察し保健所に連絡した、武庫之荘のH先生は、今そちらの方では風しんは流行っていませんと言う保健所員のお言葉があったそうです。以上より保健所の本気度は50%以下かもしれませんね。
2.百日咳に関しては5類感染症「定点把握疾患」(つまり自分の診療所が感染症の定点になっていない場合は保健所に報告する必要が無い)から「全数把握疾患」(つまり百日咳を診断すれば全ての診療所で報告する必要がある)でかつ7日以内に報告する義務が生じました。診断方法も従来は臨床症状のみであったのが、鼻腔・咽頭・気管支から採取された百日咳菌の分離同定か病検体の遺伝子の検出(現在LAMP法が保険収載されています。360点+判断料)あるいは百日咳毒素(PT)IgG抗体の測定、単回測定では100EU/ml、間隔を開けて行うペア血清では2倍以上の抗体価の上昇というような臨床検査が必要となります。
しかし臨床検査にも問題点があります。まず咽頭粘液の細菌培養の陽性率は最大に見積もって60%と言われており、ワクチン接種小児や成人ではほとんど培養陽性にならないと言うことです。また百日咳菌は症状発現から約3週間で消失するのでLAMP法ではこれ以後は検出できません。PTIgG抗体もあまりきれいな値が出ません。確定的に診断するには難しい疾患です。

以上が改正の要点ですが、風しんのことは、これで大手を振って遺伝子診断行ってもらえるので問題はあまり無いのですが、こと百日咳に関して大きな変更が加えられている理由は何でしょうか。まず定点以外の医療機関から全数を報告させると言うことです。ご存じの通り定点医療機関は小児科の方が多く小児以外の感染症の動向を知るには適していません。ところが図のように百日咳の発生は減少しているにもかかわらず最近は20歳以上の患者の比率が増加し2010年には50%近くになっています。
従来百日咳は乳幼児の病気でしたが、現在では学生から大人の病気になっています。その理由は現在の百日咳ワクチンは4種混合ワクチンとして通常は1歳過ぎまでに接種を終了します。これは死亡率の高い乳児期の発症を予防することには適していますが、感染しても死亡率の低い学童から成人の発症を防げません。ワクチンによる抗体価は時間とともに低下し、さらに市中に百日咳が減少すれば免疫のブースター効果が得られにくくなるためです。百日咳は感染力が強く家族の誰かが発病すると不顕性感染を含めて家族の50%に感染すると言われています。そこで実際百日咳に罹患した産婦が生まれたばかりの赤ちゃんに感染させ死亡すると言うことが起こります。

また現在の百日咳の診断は臨床診断が中心で、正確さに欠けます。以前はインフルエンザの報告基準は、規定では突然の38.5℃以上の発熱、上気道炎症状、強い倦怠感と言うことでしたが、現在では迅速診断キットの普及で、全く発熱のないインフルエンザに遭遇することは皆さんにも経験があると思います。そこで最近保険収載されたLAMP法等の遺伝子診断が付け加えられたのです。
そして成人の正確な百日咳の実態を全数報告で把握し、成人あるいは成人から乳児への感染を減らすために、従来のワクチンの接種時期をずらすか、あるいは学童期以後に追加接種を行うための基礎データの収集に使用したいと言うことが真の目的と思われます。
どうか内科で開業されている先生方も成人で咳喘息のような激しい咳とカラル症状がある患者さんには、鼻咽頭粘液を百日咳LAMP用のブラシでインフルエンザの時と同じように採取し提出することをお願いします。私も積極的にLAMP法を試してみようと思っています。